
― 専門書から読み解く、『聴こえ』と補聴器の役割
店頭でご相談を伺っていると、「音は聞こえる。でも会話になると分からない」という声を本当によくお聞きします。正直に申し上げて、ここが補聴器相談の一番大事な入口です。
なぜなら、聞こえの問題は単に音量の問題ではなく、家族との会話、外出、人とのつながりに関わる問題だからです。耳鼻咽喉科医の岡本途也先生も、難聴を「コミュニケーション障害」として捉え直す視点の重要性を早くから提唱されてきました。
立川補聴器センターは、東京都立川市で創業から40年以上、認定補聴器専門店として地域の皆様の聞こえをお手伝いしてきました。この記事では、これまで蓄積されてきた補聴器・聴覚に関する専門書を引用しながら、「聞こえる」とはどういうことか、聞こえの低下が暮らしに何をもたらすのか、そして補聴器はどのようにその橋渡しをするのかを整理してご紹介します。
ご本人だけでなく、ご家族の方にも読んでいただきたい内容です。
「聞こえる」とは、ただ音が届くことではない
「聞こえる」と聞くと、多くの方は「音が耳に届くこと」をイメージされるかと思います。しかし、人間の聴覚は、もっと多面的な機能を持っています。
加我君孝先生の著書『よい聞こえのために』(第5章「聴覚の五つの側面」)では、聴覚には5つの側面があると整理されています。
- どんなに小さな音が聞こえるか(最小可聴閾値)
- どこまで大きな音まで我慢できるか(不快閾値)
- 同時に聞こえる音を聞き分ける力(周波数弁別能)
- 連続する音を識別する力(時間分解能)
- 両耳で音の方向を捉える力(両耳機能)
健聴者は、これら5つの機能を意識することなく自然に使いこなしています。最小可聴閾値と不快閾値の差を「ダイナミックレンジ(可聴範囲)」と呼びますが、健聴者の場合およそ100dB前後の幅があり、ささやき声から踏切の音まで自然に処理できます。
感音難聴が進むと、音の小ささだけでなく、周波数の聞き分け、時間的な変化の捉え方、雑音下での聞き取りなどにも影響が出ることがあります。Harvey Dillon博士の『補聴器ハンドブック』(中川雅文先生監訳、医歯薬出版/第1章)でも、感音難聴の影響は単に「音が小さく聞こえる」だけではないと指摘されています。
ここで一番大切なポイントをお伝えします。
「聞こえる」と「ことばが分かる」は、イコールではない。
お客様からよくお聞きするご相談に、「声は聞こえているんだけど、何を言っているのか分からない」というものがあります。これは、音は届いているけれど、ことばを構成する子音の聞き分けがしにくくなっているサインです。
聞こえの低下は、コミュニケーションに少しずつ影響していく

聞こえの低下は、ある日突然「聞こえなくなる」のではなく、気づかないうちに少しずつ進行します。これが、難聴を厄介な問題にしている最大の理由です。
神崎仁先生の『補聴器の必要な人、不要な人』(医学と看護社、第1章)では、難聴が進んでいくプロセスが描かれています。要約すると――小さい声がききにくいためテレビ・ラジオの音量を上げる、すると家族にいやがられる、楽しみだったテレビをみなくなる、人との会話や会合への参加がおっくうになる、電話に出なくなる、社会的活動から遠のく、家族との会話も面倒になっていく――というものです。神崎先生は、難聴が進むことで会話や社会参加が減り、孤立感や気分の落ち込みにつながることがあると指摘されています。
※ 神崎仁『補聴器の必要な人、不要な人』医学と看護社、第1章「聴くことの役割」を参考。
このプロセスは、お店で日々お客様のお話を伺っていて、本当によく見られる経過です。最初は「テレビの音量が大きいね」と家族に指摘される程度だったのが、いつの間にか会話に入らなくなり、外出も減り、家の中でも口数が少なくなっていく――。
騒がしい場所での聞こえにくさは、なぜ起こるのか
「家では聞こえるのに、レストランや会議だと急に聞き取れなくなる」というご相談も非常に多く寄せられます。これは、難聴のある方からよく伺う困りごとの一つです。
健聴者は、雑音の中でも両耳の手がかりや脳の処理を使って、必要なことばを拾いやすくしています。ところが感音難聴になると、周波数の聞き分けや両耳機能が落ちることで、雑音下で著しく聞き取りにくくなることが知られています(Harvey Dillon『補聴器ハンドブック』第1章)。
つまり、「静かな部屋では平気だから自分は難聴ではない」とは限らないのです。静かな場所では気づきにくく、騒がしい場所で先に困りごととして表れることがあります。聞こえの違和感を感じた段階で、まずは耳鼻咽喉科を受診いただくことをおすすめしています。
補聴器が果たす3つの役割

では、補聴器とは具体的に何をしてくれる機器なのでしょうか。本記事では、Dillon博士の『補聴器ハンドブック』や補聴器フィッティングの考え方をもとに、補聴器の役割を大きく3つに分けて整理します。
① 可聴化 ― 聞こえない音を聞こえるレベルへ
最も基本的な役割は、難聴によって聞こえなくなった音を、聞こえるレベルまで増幅することです。ただし、すべての周波数を一律に大きくするのではなく、落ちている周波数だけを選択的に補うのがポイントです。多くの加齢性難聴では高音域から低下していくため、補聴器は高い音を中心に補うように調整されます。
② 快適化 ― 大きな音を不快にならないレベルに
感音難聴ではダイナミックレンジが狭くなっているため、小さな音を聞こえるように増幅すると、大きな音がそのまま不快なレベルに達してしまいます。そこで現代の補聴器は、入力音の大きさに応じて増幅量を自動的に変えるWDRC(広ダイナミックレンジ圧縮)という技術を使い、小さい音はしっかり増幅し、大きい音は抑え気味にすることで、狭くなったダイナミックレンジに音を収めます。
※ ①②はHarvey Dillon『補聴器ハンドブック』第1章、および小寺一興『補聴器のフィッティングと適用の考え方』(診断と治療社、2017)より要約。
③ 雑音下での聞き取りを助ける
3つ目の役割が、近年最も技術的進歩が著しい領域です。近年は、指向性マイク、雑音抑制、機種によってはDNN(ディープ・ニューラル・ネットワーク)などを活用し、騒がしい環境で会話を拾いやすくする技術も進んでいます。レストランや会議、街中など、聞き取りにくさを感じやすい場面で役立つことがあります。
ここで一つ、誤解されやすい点をはっきりお伝えしておきます。
補聴器は聞こえを回復するのではなく、補助するものです。必要な音を必要なレベルまで大きくするのが補聴器の主な役割です。本来の聞こえに戻すのではなく、日常会話をより聞き取れるよう手助けします。
オーティコン補聴器総合カタログ 2026.03版より
なお、補聴器は適切なフィッティング調整によって効果を発揮しやすくなりますが、聞こえの状態や使用環境によって感じ方には個人差があります。「もう若い頃のようには聞こえないだろう」というあきらめではなく、「失われたものを補って、これからの会話をしっかり楽しむための道具」として補聴器を捉えていただくことも、現実的な向き合い方の一つだと考えています。
補聴器の効果を引き出すために大切なこと
ここまでで、聞こえの低下と補聴器の役割についてご理解いただけたかと思います。ただ、補聴器は「買えば終わり」の製品ではありません。装用者の脳が新しい音環境に慣れる時間と、専門家による継続的なフィッティングが必要です。
段階的に脳を慣らしていく
長年聞こえなかった音域を再び聞き始めるとき、脳は当初それを「雑音」として受け止めます。新田清一先生らの『ゼロから始める補聴器診療』(中外医学社、2016)でも、補聴器装用初期に「うるさい」と感じる訴えは多くの方に共通すること、そして装用を継続することで脳が新しい音環境に慣れ、必要な音と不要な音を脳が振り分けられるようになっていくプロセスが説明されています。
慣れに要する期間は個人差が大きく、数週間で違和感が減る方もいれば、数ヶ月かけてゆっくり馴染んでいく方もいらっしゃいます。継続的な装用と、定期的な調整の繰り返しが、補聴器を活用した聴覚リハビリテーションの本質です。
客観的な検査で適合を確認する
補聴器が正しく調整されているかどうかは、装用者の主観だけでなく、客観的な検査で確認することが大切です。
立川補聴器センターでは、認定補聴器技能者が実耳測定(REM)と音場での装用閾値測定(ファンクショナルゲイン)の二刀流で適合を確認しています。実耳測定は、鼓膜面に近い場所で実際の音圧を測定する方法で、メーカーの処方目標値にどれだけ近づいているかを客観的に評価できる仕組みです。
新田先生らの著書では、客観的な検査の意義について、ハーフゲイン・なで肩といった指標が患者にとっての理解しやすい目安になることが触れられています。数値で「今、どれくらい補えているか」を装用者ご本人と共有することで、調整の方向性が明確になり、補聴器との付き合い方も納得感を持って進めていただけます。
家族の協力という、もう一つの鍵
補聴器を成功させるには、ご本人の頑張りだけでなく、ご家族の理解と協力も大きな要素です。加我君孝先生『よい聞こえのために』第8章「難聴とのつきあいかた」では、難聴のある方ご本人が心がけたいこととして、次のような点が挙げられています。
- アイコンタクトを心がけ、まわりの人の口元、顔、手を見る
- 聞き取りが難しい場面に参加する前には十分な休息を取る
- 聴力に問題があることをまわりの人に知らせる
- 家庭や職場で求められる活動に参加する
ご家族の側にも、「正面から話す」「ゆっくりはっきり話す」「テレビをつけたまま話しかけない」といった配慮があると、補聴器をより使いやすく感じられる場面が増えます。聞こえは、本人と周囲が一緒に取り組む共同作業です。

聞こえのご相談は、認定補聴器専門店へ
ここまでお読みいただきありがとうございました。最後に、立川補聴器センターのご案内をさせてください。
私たちは、東京都立川市で創業から40年以上、認定補聴器専門店として地域の皆様の聞こえをお手伝いしてきました。
- 認定補聴器技能者2名が在籍
- 実耳測定(REM)および3D耳型スキャンを導入
- 国内主要6メーカーグループ・9ブランドの補聴器を取り扱い
- 約3週間の無料貸出しでじっくりお試しいただける仕組み
- 土日も営業(木曜定休)
「聞こえが少し気になってきた」「家族から指摘されたけれど、補聴器に踏み切れない」「以前補聴器を試したが合わなかった」――どのような段階のご相談でも構いません。まずは耳鼻咽喉科を受診いただいたうえで、当店にお越しください。一緒に、これからの聞こえと暮らしを考えてまいります。
ご来店はご予約制となっております。お電話(042-527-8555)またはLINE公式アカウントよりご予約をお願いいたします。
- 岡本途也「難聴者のコミュニケーション障害とその改善」岡本途也・他編著『難聴-それを克服するために』真興交易医書出版部、1982、pp193-204
- Harvey Dillon 著/中川雅文 監訳『補聴器ハンドブック』医歯薬出版
- 新田清一・鈴木大介 編『ゼロから始める補聴器診療』中外医学社、2016
- 小寺一興『補聴器のフィッティングと適用の考え方』診断と治療社、2017
- 神崎仁『補聴器の必要な人、不要な人』医学と看護社
- 加我君孝『よい聞こえのために』
- オーティコン補聴器総合カタログ 2026.03版